クルマとミュージックの融合史 後編(エアチェック文化からワイルドスピードまで)

この記事は、blogos(2022年5月でサービス終了)に掲載された「カーオーディオの文化史」から加筆したものです。

エアチェックの全盛時代

カセットテープの全盛期とはどのような時代だったのか。1985年の雑誌『FM STATION』(No.18)に、当時の読者の日常生活を取り上げた記事がある。21歳の大学生”石原さん”のお部屋紹介の記事だ。"石原さん"は、3年前(1982年)に15万円のミニコンポを購入。レコードプレイヤーやアンプ、スピーカー、カセットデッキといった音楽再生のために装置をワンセットにしたものがミニコンポだ。"石原さん"は、FM情報誌の番組表を参考に、一週間の録音スケジュールをノートに書き写すのだという。

つまり、エアチェックである。ラジオ番組の音楽部分をカセットテープに録音する。のちに編集し、自分専用のテープを作る。私的複製は、著作権法上でも許諾などなくできる消費行為だ。

当時のエアチェックは、FMラジオの番組表を載せるFM誌の存在とワンセットだ。少なくとも80年代当時は、競合する4誌が各数十万部の単位でした。雑誌には、番組のタイムテーブルが載るだけでなく、番組内でかかる楽曲のタイトルも記載されていた。

"石原さん"は自作のカセット用に「インレタ」でタイトル入りのラベルをつくって、整理しているという。インレタには説明が必要だろう。鉛筆などでこすって貼るタイプのシールで、アルファベット、数字、かたかな、ひらがな、さまざまなフォントのバリエーションもあり、文具屋やレンタルレコード店のテープ売り場などに売っていた。

石原さんの所有カセット総数は250本だという。3年以上、エアチェックを趣味にしていると、このくらいの保有数にはなるのだろう。決して特殊な人々の間の趣味ではなく、当時は中学生から大人まで誰でもやっていた一般的な趣味である。

■ドライブ向けのミュージック

カセットテープ時代のドライブミュージックの定番に山下達郎『FOR YOU』(1982)がある。総売り上げで70万枚を超える大ヒットアルバム。当時は、レコードとカセットテープの両方のメディアでのリリースが行なわれていた。割合は不明だが、カセットテープ版も多く流通していた。自宅にレコードプレイヤーがあっても、自分の部屋にある音楽の再生装置は、ラジカセやウォークマンであったりするケースがある。もちろん、クルマで聞く目的でカセット版を購入するケースも多かったはず。

『FOR YOU』のジャケットは鈴木英人が手がけている。前出のFM雑誌、『FMステーション』の表紙を手がけていたイラストレーター(僕の世代であれば東京書籍の英語教科書『ニューホライズン』の表紙も鈴木だった)。達郎の『FOR YOU』がヒットした前後から『FMステーション』の表紙も「文字の看板が並ぶアメリカ郊外の街角の風景」の方向にシフトし、同時に部数も伸びたという(『FMステーション』とエアチェックの80年代』恩蔵茂、河出文庫)。雑誌の購読層と達郎のファン層が一致したというよりも、時代の空気感といった曖昧な理由だったように思う。1984年に『FMステーション』誌がおこなった読者参加規格のアンケートがそれを裏付けている。

「好きなアーティスト」上位は、1位ビリー・ジョエル、2位デュラン・デュラン、3位ビートルズ、4位、佐野元春、5位カルチャークラブ、6位ホール&オーツ、7位オフコースとなっている。ちなみにサザン16位、ユーミン30位である。達郎は選外だったのだ。

自動車メーカーのCMソングをいくつも担当した山下達郎だが、車やドライブのシチュエーションの楽曲は思い浮かばない(即座に浮かぶのは『BOMBER』くらいか)。一方、ユーミンの曲にドライブはよく登場する(『中央フリーウェイ』『コバルトアワー』『よそゆき顔で』など)。クルマとの立ち位置において対照的な2人。

カセットとアナログレコード。この時代の音楽メディアを比較した際、一番の違いは、DIY要素の有無だ。曲順を編集し、オリジナルのカセットラベルをつくる。誰に見せるわけでもなく、ラベルに趣味を反映させる。エアチェックの時代、音楽のリスニングは、単に一方的な消費行動ではなく、作り手としての側面を持っていたのだ。いつか誰かとのドライブで聞きたい音楽を集め、カセットのラベルを作成する。これをクリエイティブと言わずに何をクリエイティブと呼ぶのだろう。

 

■テープからCDチェンジャーへ

バブル期の映画『私をスキーに連れてって』の冒頭場面、主演・三上博が自宅ガレージで雪山に出かける準備をしている。エンジンをかけ、カセットデッキにテープを突っ込むとユーミンのテーマ曲『スキー天国サーフ天国』が流れ出す。映画公開の1987年は、CDの売り上げがレコードを抜く年。満を侍してビートルズの全アルバムもCD化が開始された年。だが車内空間ではまだカセットテープが主流だった。とはいえ、カーオーディオに全盛時代があるとしたら、この時代だろうか。当時の日本のカーオーディオは、世界中に輸出をしていた時代でもある。

同1987年、FM東京(当時)の日曜14時台の番組に『浅野ゆう子 サウンドクルージング』があった。カーオーディオメーカー富士通テンがスポンサーだった。続く15時台は『ダイヤトーンポップスベスト10』。番組名のダイヤトーンは、三菱電機の車載用オーディオのブランド名である。

後部座席のヘッドレスト後部にこれ見よがしのロゴの入ったスピーカーが配置された4スピーカーの時代。さらにはイコライザー表示機能、コンソールのLEDなど、ビジュアル化、ゴージャス化、悪趣味化の時代を迎える。まさにバブル期のカーオーディオである。

これらの悪趣味全開路線は、パイオニアの「カロッツェリア」(1986〜)がきっかけだっただろうか、クラリオンが「ADDZEST」(1989〜)、富士通テンが「ECLIPSE」(1988〜)など、展開するブランド名は、極めてドメスティック(国内向け)に見えるが、ブランド名はともかく、日本のオーディオメーカーが、海外への輸出の分野でも勝利を収めていた時代。悪環境下の狭いスペースに高性能機械を詰め込むなんて、日本の工業、生産技術の特異中の得意分野だったのだ。

振り返ってみれば、自動車もラジオ(特に初期のトランジスタ)もオーディオも日本の産業が世界に輸出される上でキーとなった領域だ。ハードウェアの日本。一方で、ミュージック、音楽ソフトの領域では、同じようにはいかなかった。CBSを買収したソニーアメリカの音楽市場に本格的な進出を仕掛けるときに、”SEIKO”を売り出した話があったが、その件は割愛。

■過剰な多連装CDチェンジャーの時代

​​カーオーディオ世界の徒花が、CDチェンジャーである。CDチェンジャーは、複数のCDを連装して長時間再生を可能にする装置だ。車載用のCDチェンジャーはマガジンを追加する方式で、6枚、12枚の多連装が可能になっていった。大量のCDを収めるために一部のカーオーディオファンは、ラゲッジ(トランク)に追加マガジンを収納し、50、100枚の多連装を実現。CDチェンジャーのスーパーインフレ時代が一瞬だけ到来した。HDDにMP3データとして取り込めるようになる2000年代になると、CDチェンジャーは消えていった。

カーオーディオの時代は、CDチェンジャーとLEDイルミネーションの時代を頂点に、下降線を辿る。オーディオメーカーは、いつしかカーナビゲーションを主力の製品とするようになった。一応、その経緯にも触れておくと、AV一体型が主流となった転機は、1997年に富士通テンが発売したAV一体型のカーナビだった。カーオーディオの象徴的なブランド名の「ADDZEST」も、いつしかカーナビのブランド名になり、2000年代に消滅。カーオーディオは、カーナビの機能の一部となり、いつしかカーアクセサリーの王様ではなくなっていた。カーナビも日本発の工業製品ではあるが、カーオーディオが持っていたケレン味には欠けたところがある。


■ドライブミュージックからサブスクリプション配信

カーオーディオは、スマートフォン時代からEV時代への転換移行期である現在、再び注目されつつある存在になっている。アップルのCarPlayは、新世代の自動車が採用するインパネのシステムが制御可能な仕様となり、スピードメーターからエアコン操作までをすべて一体化させる方向に向かっている。このCarPlayと対抗するのがAndroid Auto。AppleGoogleら大手プラットフォーム企業が、スマホの次の戦場をこのカーオーディオのユーザーインターフェース部分に移しているのだ。スマホで音楽を聴く(サブスクリプション音楽配信)がベッドルームで聴く音楽と同じになると、"ドライブミュージック"の意味するところは、変化するだろう。

ただクルマの空間には、これからも音楽が流れ続けるのは間違いない。だが、国産のオーディオメーカーの技術革新、人々が新製品を熱狂的に買っていた(オートバックスで)時代、そしてドライブミュージックへの熱気、この3つが強く結びついていたドライブミュージックの時代だけが、過去の彼方に去ってしまったということ。

一方、ミニバンに大量のウーファー(重低音スピーカー)を積み込んだり、ディスプレーを車内に何個も並べたりというカーカスタマイズの文化は、一部の人の趣味としては生き続けている。カーオーディオ専門雑誌の『カーオーディオマガジン』(芸文社、1997年創刊)、さらにその兄弟誌でアメリカンローライダー、ピックアップトラックの改造などの専門誌『カスタムCAR』(芸文社、1978年創刊)などは継続して刊行中。

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最後に触れておきたいのは、2000年代以降に世界的にブレイクしたレゲトンという音楽ジャンルだ。ラティーノの自動車改造=ローライダー文化と切り離せない。そのアンセムであるダディ・ヤンキー『Gasolina』(2004)は、ガソリンを消費する車を女性になぞらえ(擬人化し)たもの。自動車愛とテクノロジー信仰とアメリカとの距離、いろいろなものが混ざっている。

 

 

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シャコタン★ブギ(1) (ヤングマガジンコミックス)

 

ちなみにラテンアメリカ的なローライダー文化、ラップミュージック、レゲトンと日本の改造車文化がミックスされた映画『ワイルドスピード』シリーズが、ごく一部(故人であるポール・ウォーカーが演じるブライアン・オコナー)を抜かせば、彼らのグループ(ファミリー的)は、ブラック系やヒスパニック系らは、カソリックの信仰と改造車によるレースを同列に信仰するノマド的な人々である。改造車で最も使われるのは日本車である。

 

"アメリカの文化周辺国(もちろん日本も含むし、自虐も込めていっている)"は、ロックンロールやモーターカルチャーの影響を受け、独自のローカライズ、そこにともなうズレを内包しながら、エスニシティー(民族性)を伴う文化を生み出している。

 

20世紀は、自動車の世紀であり、ポップミュージックの世紀でもある。その両者が、1930年代の車載用ラジオ登場をきっかけにマリアージュを果たすと、スピード、騒音と融合した音楽が生まれ、さらには、工業化による労働者階級の富裕化、移動の自由の拡大、経済発展などもさまざまに混ざり合った。おそらく、ロックンロールとは、モータリゼーションが生み出した文化的側面の総称なのだ。